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2015/08/17

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永井孝樹さんインタビュー第一弾「色んな“縁”で発展した、自転車人生」

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―最初に、永井さんが自転車の世界に入ったきっかけから教えてください。

永井:中学生の頃、地元山梨で開催された国体に、ある選手が自転車競技で出場されたんです。その応援でレースを観たときに、すごくカッコよくて。それに、中学の同級生でも自転車好きの子がたくさんいて、自転車で遊ぶようになったんですよ。それもロードレーサーみたいなカッコいいものではなくて、ロードレーサーに似せてガラクタで作った自転車で(笑)。それからまた別のタイミングで、「ツール・ド・フランス」を見て興奮して。短期間にそうやって色んなものから刺激を受けたので、“よし!レースに出るぞ!”と一念発起して、自転車競技部がある高校に進学したんです。そこから、僕の自転車人生が始まりましたね。

―高校での競技生活はいかがでしたか?

永井:高校の競技部では大した成績は出なかったんですよ。ただ、全国的に知られているような方たちが指導をされていて、すごく身近に教えていただいていたんです。なので、それをベースにしながら、いろんなことを積み重ねられた気がします。

―卒業されてからも、プロショップの高村製作所に入り、自転車に関わる仕事に就かれましたね。

永井:僕、元々機械ものが好きなんですよ。高校も工業高校の機械科だったので、競技もできるし機械の勉強もできるし、ただ好きなことに没頭するという、めちゃくちゃ充実した生活を送っていたんです(笑)。それで引き続き、自転車に関わっていきたいと思ったのと同時に、当時はフレームをオーダーメイドすることがすごく一般的だったんですよね。だからフレームビルダーになろうと高村製作所に入って、家賃2~3万円の安いアパートに住みながら、高村さんの姿を見て色んなことを学ばせていただきました。

―“見て学ぶ”というのは、昔ながらの職人さんの形ですね。入社後はどんな生活をされていたのですか?

永井:来る日も来る日も、ずっとヤスリばかりかけていましたね(笑)。高村製作所では「ラバネロ」という自転車競技のクラブがあったので、そこで自転車競技もやっていました。大した成績は残せなかったんですが、それでも色んな大会に出させていただいて、少しずつ、強い選手とか色んな人との繋がりを持てるようになったんです。そして二十歳くらいのとき、当時「日本鋪道」にいらっしゃった大門宏さんに出会ったことが、ひとつの転機になったと思います。

―そこでどんなお話をされたんですか?

永井:ちょうど選手としての活動が面白くなっていたときで、「ヨーロッパのレースを走りたいんです」という話をしたら、イタリアで活動している「NIPPO」というチームに短期間だけ混ぜていただけることになったんです。それでイタリア、スイス、スペインのレースに出させていただいて、すごく刺激を受けました。自転車競技のレース自体はもちろん、レースを取り巻く環境だとか、一般的な方々の認識も、自分が想像していたものとはレベルが全然違っていたんです。仕事やチームの関係もあって、継続的にヨーロッパに行くことはできませんでしたが、きっと将来的に自分はまたイタリアかどこかに行くだろうなと思いながら日々を過ごしていましたね。

―その渡欧をきっかけにですか?

永井:そうですね。選手というよりは、何か自転車に関わる仕事でどうにかしてその世界に飛び込まないとダメだなって思ったんです。それからずっと何かのきっかけを探していたような気がします。帰国してからは、独学ながらイタリア語も4年くらい勉強し続けて。そうしてると、周りも何かきっかけとかヒントを与えようとしてくれるんですよね。それで25歳の頃、また大門さんから、NIPPOがスポンサーで入っているイタリアの「ゲビス」というチームに、メカニックの欠員が出たという話をいただいたんです。給料は払えないけど、衣食住とちょっとしたボーナスは面倒見るという条件だったのですが、「行きます!」って即答しました(笑)。ちょうど競技選手から一歩引いて、何かやらなきゃって思っていたときだったので、すごくタイミングが良かったですね。恵まれた人生だと思います(笑)。

―永井孝樹さんインタビュー第二弾へ続く〜

<プロフィール>
1972年生まれ、山梨県出身。1990年、山梨県立機山工業高校卒業後、東京・練馬のプロショップ高村製作所にて、1997年までの8年間、フレーム製作に携わる。その間、実業団登録の競技選手として、全日本実業団、全日本選手権、国体などの大会で入賞多数。高村製作所を退社後、翌年1月よりイタリアへ。専属メカニックとしてトレードチームRISO SCOTTI(1998年)、CANTINA TOLLO(1999年)、ファッサボルトロ(2000~2003年)に所属。ファッサボルトロでは、UCIチーム世界ランキング首位を2度経験。2004年より世田谷で自転車ショップ「POSITIVO」をオープン。

自転車ショップ「POSITIVO」詳しくは・・・ こちら