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2015/09/08

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永井孝樹さんインタビュー第二弾「お客さんと一緒に、新たな面白いことを見つけたい」

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―でも、慣れない海外生活で、行ってから苦労されることも多かったのでは?

永井:振り返ってみて大変だったなって思うことはありますけど、帰りたいとか思ったことはなかったですね。とにかく目の前のことを一つひとつ解決することに必死でした。僕はフレームビルダーだったので、メカニックの仕事は全く新しい世界だったんですよ。だから僕みたいな人間が相手にしてもらえないのは大前提で、元々、ゼロから学ぶつもりでいたので、大変だとは思わなかったですね。

―それまで培った技術とはまた別の物だったのですか?

永井:高村製作所ではアナログな機械加工をしていたので、“これ以上やったら壊れるな”とか、“これ以上歯を入れたら歯がダメになるな”とか、そういう感覚は武器になりましたね。例えば、他のメカニックの人が悪戦苦闘して諦めかけたときに、僕が工具を使っていじったら直ったり、その繰り返しで段々周りの見る目が変わってきたのは分かりましたね。何か大きなきっかけがあったというよりは、“困った時の永井君”っていう居場所ができてきたんです(笑)。だから、工業高校や高村製作所での経験にはすごく感謝しています。

―日本人のメカニックとイタリア人のメカニックで異なる部分は感じられました?

永井:基本的には職人の精神を持っている方々なので、考え方としては共感できるものがあったり、尊敬できる部分がすごくありましたね。ただ日本人と異なるのは、過程はどうであれ、“何とかする”という部分。日本人の職人さんは設計図ひとつにしてもきっちりしているけど、イタリア人は帳尻が合えばいいやという雰囲気ですね。なので我々は、時間的なところを守ったり、約束を守ったり、話をしたことはその通りにやろうと。日本では普通のことなんですけど、イタリアではそういったことが小さな信用に繋がりましたね。

―イタリアのプロチームでメカニックとして働くなんてなかなかできないことだと思いますが、いずれは日本に帰ることを考えられていたんですか?

永井:本当に、僕がいた現場というのは自転車競技の最高峰だったので、そこに何らかの形で携われたことは僕にとって大きな財産だなと思います。ただ、イタリアで結婚したこともきっかけに、色々と現実的に将来のことを考えるようになったんです。元々僕はフレームビルダーをやりたいと思っていたんですが、徐々に、多くのお客さんとお話ができる仕事をしたいと考えるようになって。それで、日本で自転車に関わる小売業をしようと決心しました。フレームビルダーへの想いは今もありますが、長らく離れてしまったので、そこに戻るのはなかなか難しいなと。

―所属されていたイタリアのプロチーム「ファッサ・ボルトロ」では、CATEYEのサイクロコンピュータを使われていたそうですね。

永井:選手だったときからCATEYEのサイクロコンピュータを使っていたので馴染みもありますし、説明書が日本語というのも有難いですよね(笑)。もちろん、機能的な部分も申し分がないですし。当時はワイヤード(有線式)だったので、それをいかに手早くかつ綺麗に巻くことができるかを大切にしていました。イタリアのメカニックの方たちは正確に動くことを重視していたのですが、日本人の感覚としては、綺麗に処理をすることも重要だと思うんです。僕がひっそりと綺麗に巻いたら割と選手に評判が良くて(笑)。そこでも信用を得るひとつの助けになりましたね。あと、レース後に選手のMAXスピードを見たり、アベレージをチェックして、“今日は向かい風なのにアベレージが高かったな”とか、自分なりに想像を膨らませていました。僕も自転車少年だったので、こっそりそれを見て悦に入っていたというか(笑)。それに、雨が降っても不具合が起きることもないし、使っていてストレスを抱えることがなかった。だから日本メーカーというだけで、僕も誇らしい気分になりましたね。

―ご自身のお店を持って10年。今の自転車に対する想いを聞かせてください。

永井:お店を始めて、不特定多数の方とお話をする中で、時には自分の考えを改めないといけなかったり、時には自信を持つことになったり。精神的にタフになった気がします(笑)。レースの現場でも選手から「ありがとう」って言われることはあるし、嬉しいんですが、トラブルがなくて当然の世界だからお礼を言われることではないと思うんですよ。今も特にその言葉を求めてはいないんですが、お客さんがすごく感謝してくださるんです。そうして純粋に喜んでくださると、すごくやりがいを感じて嬉しくなりますね。僕はちょっと変わった自転車屋さんなので(笑)、色んな人が、色んな世間話をして帰っていかれたり、「選手やりたいんです!」って相談に来る中学生がいたりするんです。生涯やる仕事として、この道を選んで良かったなと思いますね。

―これから先、目指されていることはあるんですか?

永井:今を満足しているわけではないですけど、今のところ、特に大きなビジョンがあるわけでもないんです。ただ、年を重ねて経験を積むことで、見えてくるものがどんどん変わってくると思うんですよね。だから大きな目標はないけど、喜んでもらえるようなこととか、面白そうだなって思うことをやっていきたいですね。お客さんの中には、僕がお店をオープンした当初から来てくれている高校二年生の子とか、中学三年生の時に初めて来て、今は高校三年生で競技を頑張っている子とかがいるんですよ。そんな子たちが段々強くなっていって、賞状を持ってきてくれたり、ファンライドから始めた人がレースに興味を持ったり、逆にレースからファンライドに移行したり。そういう姿を見ると僕も楽しいし、それぞれの新しい楽しみにちょっとでも関わっていけたらと思うんです。買っていただいた物をきっかけに、また新しい面白いことを一緒に見つけに行くことができたらいいなって。これからは、そういうことに力を使っていきたいなと思います。

<プロフィール>
1972年生まれ、山梨県出身。1990年、山梨県立機山工業高校卒業後、東京・練馬のプロショップ高村製作所にて、1997年までの8年間、フレーム製作に携わる。その間、実業団登録の競技選手として、全日本実業団、全日本選手権、国体などの大会で入賞多数。高村製作所を退社後、翌年1月よりイタリアへ。専属メカニックとしてトレードチームRISO SCOTTI(1998年)、CANTINA TOLLO(1999年)、ファッサボルトロ(2000~2003年)に所属。ファッサボルトロでは、UCIチーム世界ランキング首位を2度経験。2004年より世田谷で自転車ショップ「POSITIVO」をオープン。

自転車ショップ「POSITIVO」詳しくは・・・ こちら